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マンダラ・ユニヴァースCA

宙奏ブログ&メールマガジン・アーカイブ

くるくる定規 

24525.jpg

「そらかな曼荼羅」を目にした人が
こうおっしゃることがあります。

ああ!昔やった!
あれだよね?
鉛筆刺してくるくるするやつ!

・・・・💦
違います💦

実は私もひょっとして、と
くるくる定規を試してみたことがありますが
細かすぎて、
数字の規則性を拾うことはできませんでした。

写真の点描画は
ファーストテキストの練習作品2に挙げているものです。

縁取りのメタリックが見えるように少し傾けてみました
24529.jpg

そしてこちらが練習作品1
A.jpg

そう。
どちらも普遍的な図形で
特に「そらかな」とは言えないものですし、
わざわざ学ばなくても描けそうなものです。

でも私。
これが全くきれいに描けなくて💦

理解したことは
「自分はすべてを侮っていた」という事でした。

これ一個描いただけで
かなりの(自分の)ことがわかります(笑)。

特にラメの縁取り部分は
集中してるので

ふと横切った思考に自分の気持ちが持ってかれたときに。
点線がふらつきます💦

ひとりで「きゃ~!」と言いながら
心を引き締め

なんとかそれが目立たなければいいと考え
とにかく先に進む。

先に進んで振り向けばすでに
「どこだったか?」はわからなくなっています。

しかもです。

PCの様にふらつかないのであれば
この図形は見てもぜんぜん楽しくありません。
喜びが伝わらないというか冷たい感じがするのですね。

「PCじゃないからいい」と言えるのは
その味わわいが必要だから、とも言い換えることができます。

*いつかPCもそんな芸当ができる日が来るのだとは思いますが
 


私は生徒さんによくこういいます。

正確に描こうとして
正確じゃないところが人間業でいいところなんです💚

しかも人間の目というのは同じものが並んでいれば
勝手に揃えて視る機能があります(笑)。
それに期待するのです!
くよくよしないで先に進みましょう💕
↑↑
大きな作品に向かっているところでは
あらゆる場所でこれを動員しています💦

そしていつも思うのです。
ほんとにこれって人生そのもの。

痛い思い
悲しい思い
つらい思い
どんな思いも

前に進むしか乗り越えることはできず
前に向かって進んだときにはじめて
答えは勝手に降ってくるのです。

何もできないとき
何も手段がない時
もくもくと我に向かうように
私はこの曼荼羅を描いていたと思います。

そんなことをお話ししたくて
ファーストテキストを書きました。

冒頭のくるくる定規も
やってみたところ。
途中で
・鉛筆は外れる。
・歯車のようなギザギザが噛まなくて吹っ飛んでいく。
そう「侮ってはいけない」と教えてくれます。

だからこそなんでも
やってみる価値がある。のです。

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