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宙奏ブログ&メールマガジン・アーカイブ

鏡から「我」をとれば 

ご神鏡、銅鏡、円いですよね。
宙奏はそういうものによく似ていると言われます。

大昔ですが、埃ではない本物の「オーブ」は
銅鏡のように細かく文様がある、と聞きました。

デジカメなどない時代の話ですし
その信ぴょう性は私にはわからないですが、

三種の神器の「鏡」は白銅鏡と言われ
それがオーブに関係していると、、

鏡がオーブなのか
オーブが鏡なのか
その存在について
よく考えたものです^^


さて、
この写真は出雲の須佐神社で私が取った写真です。
*ちゃんとご挨拶して撮らせてくださいとおねがいしました(^O^)

須佐神社の鏡は8角形
多分神在月だったので扉が開いていたのだと思います
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鏡をのぞくと角度がちょうどなのかな?
自分が映ってドキッとします。


宙奏は指で囲ったら円くなるように描いてね。と伝えています。
かなり「曖昧」な伝え方ですが
それでもはっきりと「これ以上は円ではない」という事はわかります。


点描画を描き始めてペンが止まらない勢いだったころの話です。
最初は円だったものが、
そのうちにいろんな我が入って四角くなっていくのを発見しました

「我?」
最初はそんなつもりがないのです。
でもその出っ張ったところに何かしら入れていくとそのうちに
「形を取ろう」と思う心が芽生えます。

人間というのはそういうものですから
それがいいとか悪いとかの話ではないんです。
「我」も悪いわけではありません。
人間にとってはある時期とても必要なものです

そこを間違えないで読んでください。

単純に
宙奏にはそぐわない気がする←ここが大切な感覚

それで
「円く描くもの」と決めさせていただいたのでした。


鏡の話をするといつも脳裏に浮かぶのがこの作品です
さっき話した本物(話してくれた方の本物)のオーブみたいだと思って

 
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宙奏の描き方には
理由がなく「こう、」と思ったもの(思わせられたもの)がいくつかありますが、

それらには後からいろんな答えが
あちらから~こちらから~と
私のもとへやってくるわけです。


先日私にまた久しぶりに答えがやってきました。

かがみ
という言葉から
我(が)を取ると神

宙奏を円く銅鏡のように描いていただき
「我」をいれないこととお願いしていますが

だとしたら
そこに在るのが「神」です。


まさしくです。
須佐神社の鏡に入った私の顔

そこには私らしい「我」があったということなのでしょうね^^



余談ですが
須佐神社と言えば道路を渡ったところの
末社である
天照社、、、

もぬけの殻なんです。
なのであまり大切にされていない
荒んだ感じがしました。

荒んでいるからいないのか
いないから荒んでいるのかはわかりません。

道路を引いてしまったからなんじゃないかな。

いや、どっちにしても
そんなに強いもの同士を
バランスよくおくことはできないよなぁ

なんて思うわけでした。

この龍はその天照社の前に
その空洞を守るものののようにたたずんでいました。
さすが龍蛇さまの土地でもある。
と感心したのでした

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